大阪地方裁判所 昭和43年(行ク)11号 決定 1968年6月28日
申立人
田中美樹
被申立人
大阪府西警察署長
竹中源太郎
右訴訟代理人
道工隆三
ほか三名
主文
申立人(原告)の申請にかかる昭和四三年六月二八日実施のアスパック粉砕御堂筋集団行進について、被申立人(被告)が同年同月二七日付でなした許可に付した条件のうち、通行区分につきなした「本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰までは、西側歩道をその左側端に寄つて行進すること。」との条件の効力は、これを停止する。
本件申立費用の被申立人の負担とする。
理由
一申立の趣旨及び理由は別紙(一)記載のとおりである。
よつて検討するに、本件申立及び疎明によれば、申立人は六・二八実行委員会の代表者として大阪市西区うつぼ公園から本町四丁目交差点を経て難波球場前まで御堂筋を集団行進するため、被申立人に対し、その許可を申請したところ、被申立人は昭和四三年六月二七日、右申請に対し、道路使用につき道路交通法第七七条に基づき、条件を付し(この条件の中に主文第一項掲記の、「西側歩道を行進すべきこと」が含まれている)て、これを許可する旨決定したことが認められる。
ところで、本件行進が道路交通法第七七条第三項所定の要件を具備していることを認むべき疎明はないので、被申立人のなした条件は違法というほかない。
次に、本件疎明によれば、本件執行停止の申立ては、処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があると疎明される。
よつて、本件申立は理由があるので、主文のとおり決定することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。(山内敏彦 藤井俊彦 井土正明)
別紙一申立の趣旨
申立人の許可申請にかかる昭和四三年六月二八日実施のアスパック粉砕御堂筋集団行進について、被申立人が昭和四三年六月二七日付でした条件付許可処分の許可条件のうち、通行区分につきなした本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰までは、西側歩道を行進すること」との条件の効力はこれを停止する。
申立費用は被申立人の負担とする。との決定を求める。
申立の理由
一申立人は本集団行進申請者であるが昭和四三年六月二四日、大阪府公安委員会に対し、昭和四三年六月二八日実施のアスパック粉砕御堂筋集団行進(申請内容は別紙(一)申請書<省略>のとおり)につき許可申請書を提出のたところ、六月二七日に至り、大阪府公安委員会において別紙(二の二)<省略>集団示威運動(行進)に伴う許可条件を、被申立人において別紙(二の三)<省略>集団示威行進に伴う道路使用許可条件を付して各許可処分をなしてきた。
二しかしながら、被申立人において道路交通法七七条三項により付してきた別紙(二の三)<省略>集団示威行進に伴う道路使用許可条件のうち、通行区分につきなした「本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰まで西側歩道を行進すること」との条件は申立人の意思に反してなされた違法な処分である。すなわち申立人は本件許可申請後府警本部警備部との窓口接渉のさい、再三、歩道を行進の通行区分とすることは、集団示威行進の本来の形態を歪め、正当な示威の機能を著しく減殺するものであり、又御堂筋における交通状況からみて合理性を欠くものであることを強く指摘したものであるが、被申立人において申立人の意思に反してこれを付与してきたものである。
本許可条件の違法性は左記のとおりである。
(一) 本件許可条件は、憲法二一条により保障せられている集団示威行進の方法による表現の自由を侵害するものである。そもそも集団行進は車道を通行するのが常識である。又正当な示威要素は車道の通行によつて保障せられる。
なぜなら、集団行進はそれによつてその目的に対する一般市民の共感を呼びかけることを要素としてその点に表現の自由としての本質がある。市民への呼びかけが有効に行われえないような形態における集団行進を強制することは道路交通法七七条三項による許可条件をもつてしてもなしえないことである。
ところで歩道通行を強制することは右の意味における市民の集団行進への自由な参加と共鳴を不可能ならしめる結果となる。けだし一般市民の歩道の占有と自由な通行が保障されない状態で一般市民への共感を求めることは不可能だからである。デモ参加者の常識としてデモは車道を行進すべきものという規範意識が存在することは右の点から説明しうるところである。結局本件許可条件は集団行進につき一般市民の共感を呼びかける正当な示威活動という表現の自由を著しく侵害するものであり、違法である。
(二) 集団行進の通行方法について、道路交通法一一条一項は、行列および歩行者の通行を妨げるおそれのある者で政令で定めるものは、歩道と車道の区別のある道路においては、車道をその右側端に寄つて通行しなければならないと定め、同法施行令八条は右政令で定めるものに、旗、のぼり等を携帯し、かつ、これらによつて気勢を張る行為(百人未満のものは除く)を含めている。
本件集団行進のごとき集団示威行進は右施行令八条の行為に含められることは極めて明らかであるから、結局本件集団行進は道路交通法一一条一項にもとづき歩車道の区別のある道路においては車道をその右側端に寄つて通行すべきものであり、右の違反に対しては同法一二一条一項二号により指揮者に対し一万円以下の罰金又は科料の罰則が定められているのである。
道路交通法一一条一項は疑いもなく一般市民が歩道を自由に通行する権利を保障したものである。同条項は「学生生徒の隊列、葬列その他の行列及び歩行者の通行を妨げるおそれのある者で政令で定めるもの」に関する規定であるが、同政令で定められているのは、一、銃砲を携帯して自衛隊の行列(百人未満のものを除く)。二、旗、のぼり等を携帯し、かつ、これらによつて気勢を張る行列(百人未満のものを除く)。三、象、きりんその他大きな動物をひいている者、又はその者の参加する行列の三つであつて、いずれもその歩道上の行進によつて、歩道を歩く一般市民に危害を加えるか、威圧を加えてその自由な通行を困難ならしめる場合を規定している。集団示威行進は多人数であるという事実ならびにそれが帯有する示威的機能によつて一般通行人の通行を困難にしたり多少の威圧感を加えることを避けることができない。けだし、これは多衆示威運動の本質的要素だからである。道路交通法一一条一項が集団示威行進につきその通行方法をとくに限定したのは合理的根拠をもつものである。道路交通法一一条一項によれば本件集団行進は歩道上を行進することを禁止せられる。そして後述のとおり右禁止を解除すべき、合理的根拠は何もなく又、右禁止は道路交通法七七条三項の道路使用許可条件によつて、解除することはできない。
本件許可条件の根拠である道路交通法七七条三項は所轄警察署長に対し「道路における危険を防止しその他の交通の安全と円滑を図るため必要な条件を付する」権限を規定している。ところで本件許可条件である歩道を通行区分とするとの処分は右許可条件付与の要件である危険防止と真向から背反するのである。歩道は一般市民の自由な通行に供せられねばならない。一般市民の平穏な通行の場である、歩道を集団行進によつて埋めることを事もあろうに危険防止のための道路使用許可条件に含めるごときは一般市民の自由な通行権を無視することに外ならない。道路交通法一一条の行列の車道行進義務は社会的にこれを行うことが行為者の権利であるからやむをえないものである場合(道交法七七条二項三号参照)においてそれが車両の運行に障害を与えることがあつても一般歩行者の通行に障害となることを許容しないという市民権の保障の精神に立脚している。
本件の集団行進に対する本件許可条件は御堂筋における交通状況からして決して合理的ではない。なぜなら本件許可条件の通行区分によれば本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰をら新歌舞伎座南端前までは西側緩行車道の右側端、新歌舞伎座南端前から難波西口交差点までは車道の右側端と定められているところ、歩道区間とされている本町四丁目交差点から道頓堀南詰までが道頓堀南詰より難波西口交差点までより車道の交通量がより多いということはなくむしろ逆であつて、道頓堀南詰以南の方が車道の交通量が多いか、もしくは同一であると考えられるからである。しかも集団行進が本町四丁目より道頓堀南詰に至る時間は比較的短時間であつて、本件集団行進が道頓堀南詰に至るまでの間右側緩行車道を行進したとしても御堂筋における全体としての車両の通行状態に些かも不利を与えることはない。又、道頓堀南詰以南のみ緩行車道の通行を認めそれ以北についてのみ緩行車道の通行を禁止する合理的根拠はない。結局、歩道通行に関する本件許可条件は道路交通法七七条三項の条件付与の要件を逸脱し、同法一一条一項の通行区分に違反する違法な処分である。
三右の理由から申立人は本日御庁に歩道通行に関する本件許可条件の取消の本訴を提訴したが、本集団行進の実施日時本日一九時に切迫しており、本案訴訟の確定をまつては所期の集団行進を実施することはできず、回復困難な損害を蒙ることは明らかであり、執行停止を申立てる緊急の必要がある。しかも本執行停止によつて公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれは些かもない。デモにおける無用の混乱を回避し、それが秩序正しく行われることを保障するためにも本執行停止は不可欠である。貴庁の勇断を強く希望する次第である。